「原敬日記」抄２

　　　　　　　　　西園寺「心身共に衰弱して桂が譲ると言ふもこれを受け取ることあたわず。実は政
　　　　　　　　　　　　　　　友会の総裁すら耐え難き次第なり」

　　　　　　　　西園寺と桂との間には、いかなる内約をなしおるやはなはだ疑ふべく。桂の狡猾
　　　　　　　なると西園寺の無策なるとは、ほとんど相撲にならざること多し。西園寺の養子は
　　　　　　　桂の秘書官なり。而して、時々は互いに妾を同伴して、会飲するありさまなり。もっ
　　　　　　　て、前途知るべきのみ。さるにても、国家のこと憂慮に堪へざること多し。

　　　　　　　　衆議院議員（政友会の院内総務）原敬氏を主賓にむかえて開場式（仙北分教場）を
　　　　　　　　行った。これが仙北小学校の前身である。原敬氏は、本校分校１０００名以上の児童
　　　　　　　　生徒にお祝いの紅白の大福餅を配っている。

　　　　１４日　　昨日午後より腹痛あり。医師を招き服薬せり。三月末流行感冒己來度々風邪
　　　　　　　　にかかり、又去月末にも盛岡にて腹痛あり服藥せしが、何分にも健康旧の如く
　　　　　　　　ならざるが如し。

　　　　　　　　　先頃盛岡に帰省中、仙北町小学校(盛岡尋常高等小学校分数場)新築開校に
　　　　　　　　招待を受け臨席せし時，同校に勅語を掲ぐべき額面を寄贈することを約し置き、
　　　　　　　　過日送付せしに、本日盛岡市長大矢馬太郎より禮状来る｡

　　　　　　　　　この額は、先達盛岡に出発一両日前に、神社局長井上友一余が不在中に来
　　　　　　　　訪し、神宮御造営の残木にて製造せしものなるが、昨年無滞正遷宮も相済みた
　　　　　　　　るにより、紀念として差進すとて余に寄贈したるものなるが、余が家にこれを蔵
　　　　　　　　するよりは、余が縁故深き仙北町小學校に寄附すること適当なりと考へ、寄附を
　　　　　　　　約し差送りたるものなり。

　　　１８日　去１３日午後腹痛あり。去月末にも同様なりしにより、翌日北村に診察を受け下
　　　　　　　剤を服用し夫より藥用せしに、昨夕にて先づ治まり今後両三日単に健胃剤を用ゆ
　　　　　　　る事となれり。併し、今朝便を検査せし結果、数月前発見の十二指腸虫尚ほ存在
　　　　　　　に付都合を見て駆除する事となれり｡

　　　　　　　　余より、政友会内部のこと、その他見聞せし政界の事情を物語りおきたるも、彼
　　　　　　　に進取の気力なし。遺憾の次第なり。桂にも面会したらしけれども、なんら要領を
　　　　　　　得たることなきが如し。

　　　２１日　南部藩史脱稿せしにつき、過日来再び通読し、本日桜山事務所に委員等を集め
　　　　　　　てさらに協議し、明日より委員等集まりて会談調査することとなせり。今回は確定
　　　　　　　一段落をつげ、帰京後出版する積もりなり。

　　　　　　　世間にも規定の方針を実行せしまでにて、何も誇るにたる事柄にあらずと唱ふる
　　　　　　　識者もあるが如し。今日急ぎ決行せしために、多少にても後の面倒なれけば幸い
　　　　　　　なり。

　　　　　　　　地方債の財源欠乏につき、その大部分を占むる教育費を幾分にても減少する方
　　　　　　　　法として、私立の小中学校を許し、またこれは地方費にあらざるも、私立大学も
　　　　　　　　官立同様になすべし。右等根本的のことについては、文相にも機会あらば話し
　　　　　　　　たし。…同感…。

　　　　　　　　もし、薩人にしてその勢力を回復せんとならば、官僚主義にては到底長派に及ぶ
　　　　　　　　ものにあらず。必ずや政党によりてその発展を計るのほかなしと云ひたれば、彼
　　　　　　　　はもとより同感にて、山本との間には自分が仲介者たることは、世間の視聴にも
　　　　　　　　触れず妙ならんと思ふにつき山本に話しては如何　了承す。

　　　　　　　　西園寺「自分一身の都合よりせば政府を引き受けることはなはだ苦痛なれども、さり
　　　　　　　　　　　　　　とて政友会に対しては自分もまた多少の情誼なきを得ざれば、その引き受
　　　　　　　　　　　　　　けを断る訳には往かざるべし。半年にても十ケ月にてもこれを引き受くるの
　　　　　　　　　　　　　　外なかるべしと思ふ」

　　　　　　　　自分（桂）は再び内閣を組織する考えなし。現内閣を終わりとして局外に立ち、国
　　　　　　　　家のためにつくし、政友会とは密接の関係を持続する考えなり。

　　　　　　　　桂は過日我が党より申し入れたる教員補助費のことに関し、百万円を追加予算
　　　　　　　に組み入れて提出し、その財源も政友会の希望せし預金局利殖金中より法律を
　　　　　　　改正して支出することとなしたる旨を告げ…

　　　　　　　　桂首相が、２、３ケ月後には辞して政権を譲りたしと云ふにつき、西園寺は自分
　　　　　　　一身の都合は健康上いかにも迷惑の次第なれども、さりとてこれを辞したらんに
　　　　　　　は、君にも迷惑至極なるべしといはるるにより、国家のためにこれを引き受くべ
　　　　　　　し、と明瞭に返答せし

　　　　８日　帝国教育会、東京市教育会等の連合にて教育費国庫補助百万円増額となりたる
　　　　　　　祝賀会を開くとて、余に臨席を求めたるにより、午後帝国教育会講堂に赴き、一
　　　　　　　場の演説をなせり。

　　　　　　　　その要は、この百万円は我党の主張によって増額となりたること、並にその財源
　　　　　　　は預金部利殖金の内より、これも我党が預金局の規定に改正を加ふべきことを
　　　　　　　主張せしに基きて、百万円支出することとなれる沿革を説き、また、英語を小学１
　　　　　　　年生より教授するの必要なることを説きたり。この英語教授のことは、教育社会に
　　　　　　　も問題となり居るやに伊澤修二が云ひたるも、彼等は４年生位より教授する考な
　　　　　　　る由、余は日本人民の世界に向って発展するには、外国語の必要なることを深く
　　　　　　　感じ居り、政友会の調査会等に於てもこの意見を発表したることある位につき、こ
　　　　　　　の会に於て彼等の参考に一言せしなり｡

　　　　　　　　この藩史は、余自ら思料を調査するの余暇なかりしにより、菊池梧郎の起草せし
　　　　　　　ものを校閲して、批評を加えたるにすぎざれば、到底完全なるものとは云ひがた
　　　　　　　く、他の批評を待って再版の見込みにて、印刷にふしたるなり。

　　　　　　　　　費用の点において支部員等、最初は市の同情者よりも出金を求むる企なりし。
　　　　　　　　余はこれに反対し、政友会の大会は会員にてその費用を支弁すべきものにて、
　　　　　　　　他に迷惑をかくべきものにあらざれば、党員は分に応じて出金すべし。その高
　　　　　　　　は幾らにても差し支えなし。不足の分は全部余において支弁すべし。

　　　　　　　　而して、会計は不明にては人の信用にも関するよう思はるるにより、今回は十
　　　　　　　　分その点に注意して、予算決算を明瞭にすべしと訓戒し…

　　　２３日　彬の後に　３才のうちより余が家にて養育しおる上田常記２男（すなわち、お栄の
　　　　　　　子、同人死後東京につれこりおる者）貢（１０才）を養子にしたい。全く実際は余の
　　　　　　　子のごとくに養育しおるものにて、本人は真の生家のごとく思ひおるなり。

　　　　　　　　目下米国にある孫逸仙、変名して日本にくるも、これを黙認しくるるや、との尋ね
　　　　　　　あり。余は、いかなる場合にも黙認すべしとは、明言することあたはずと云ひたれ
　　　　　　　ば、板垣は余の意を諒して帰れり。

　　　　　　　　　「畢竟自分が不注意のいたすところなり。なんとも申し訳なき次第なり。さりながらい
　　　　　　　　　　まさら内閣不統一の責を負ふて辞職する訳にもゆかず」

　　　　　　　　原敬「かくのごときはなはだ面白からざる問題となりしも、畢竟首相が内相談通り断行
　　　　　　　　　　　　せられざりしに原因することなれば、何れとも首相において処置せらるべきは
　　　　　　　　　　　　ずのことなり。ご相談にも及ばざるべし」

　　　　　　　　首相「それは誠に困る。君に辞職せられては内閣維持の見込みなし。君と同時に辞
　　　　　　　　　　　　せずともその後には辞して差し支えなからん」

　　　　　　　　　鉄道院の提案いるるあたはずと云ひたりとて、あたかも取り次ぎのごとき西園
　　　　　　　　寺の言ひ分なり。西園寺は常にこの流儀にて自己の判断をもって閣員に示すこ
　　　　　　　　となきにより、到底この問題は徹底する見込みなしと考へたるも…「山本に対し
　　　　　　　　この主義により訓示せられよ」

　　　　　　　　余は数年間西園寺を助け来たり。彼が成功と称せらるる大部分は、皆余の画を
　　　　　　　　採用した部分に属し、また彼は二度も内閣組織をなすにいたりたるも、余が尽力
　　　　　　　　によることなるが、彼は余がためには何らの考もなしたることなし。余はもとより
　　　　　　　　富貴功名をむさぼるものにあらず。かくのごとき事柄は一切顧みざるものなれど
　　　　　　　　も、余は西園寺の周旋によりて、位一級進みたることもなければ、勲章一等を進
　　　　　　　　めたることもなし。陰に陽に彼を助けたるに、彼は余の迷惑などごうも顧慮した
　　　　　　　　ることなし。

　　　　　　　　　　西園寺は、「今日までの情誼並びに関係において君が辞するならば自分も辞
　　　　　　　　　せざるべからず」とか、「また君辞するくらいならば山本を辞せしめざるべから
　　　　　　　　　ず」とか、もっともらしきことを云ふも、いずれも決行の勇気あるにもあらず…

　　　　　　　　「何と思はるるも、ことの順序として繰り返さざるを得ず、而して、これらの処置に
　　　　　　　　　対しては、その失態を陳謝せられたること貴説の通りなれば、これを過去のこ
　　　　　　　　　ととして、強いて問はざるも可なり」　　　　　

　　　２５日　後藤新平の内話なりとて、新政党は急には作らず（実は急に出来ざるべし）、よっ
　　　　　　　て停会の期限終らば、また再び停会をなしその上にて解散すべし。また、今一度
　　　　　　　桂より余と西園寺に会見か何かを申し込むべしと云えりと聞く。

　　　　９日　桂の差し金で、西園寺が宮中に呼ばれ「朕の心を安んぜよ」との、聖旨を受けた。いろ
　　　　　　　　いろ協議したが受けざるを得ないという結論になった。しかし、党員は納得しない。

　３月　２日　安藤謙介を招き、新潟県知事たらんことの内意を伝えたるに、彼何と考えたるに
　　　　　　　や、貴族院に入るの条件にても望ましき口気なるにつき、好まざればゆかずして
　　　　　　　可なりと云いたれば，彼快諾す。

　　　１１日　衆議院において、林毅陸、犬養毅（すなわち政友倶楽部及び国民党代表）の質問
　　　　　　　に対する答弁を山本（註　総理大臣）口頭をもってこれをなし。海陸軍官制改正及
　　　　　　　び任用令改正を決行すべき旨明言せり。

　４月　４日　余は、鉄道院をこのい改革を期として一省を置くべし。また、南満鉄道の管轄は
　　　　　　　　以前のごとく鉄道院に付属せしむべく、また、外国に対しては、朝鮮鉄道も南満
　　　　　　　　鉄道もともに鉄道院にて代表することに改正すべしと提議せり。

　　　　　９日　誠（註　弟）補助のため武（註　誠の子）に公債３千円、関根繁蔵、菅野栄三郎
　　　　　　　　に公債各千円を分与せり。繁蔵は姉上の跡を相続する者につきこの恵与をなし
　　　　　　　　たるなり。誠には、家屋買入、新築及び貸家買い入れ４千円余の助勢もなした
　　　　　　　　れども、子ども等も多く将来生計困難ならんと思い、武すなわち相続人に分与せ
　　　　　　　　り。ただし、武幼年のことゆえ、本人には未だ知らしめず。

　　　　３１日　夕に、渋沢栄一、益田孝、岩崎久弥、等３０名ばかりを官舎に招き、東北振興に
　　　　　　　　つき、懇談せり。来会者一同これを賛成し、渋沢、益田、大倉喜八郎、根津嘉一
　　　　　　　　郎、大橋新太郎委員隣、来る３日彼ら会合して協議することとなれり。

　８月　４日　胃悪しく昨夜より今朝にかけ、下痢頻繁につき、北村の診察を受けたり。今年胃
　　　　　　　　の痛みたるはこれにて３回なるも、尋常の故障にて何等患うべき点なしと云え
　　　　　　　　り。

　　　　　　　　　直ちに御召にて拝謁せしに、種々の御物語あり。煙草を賜る。また、余の写真
　　　　　　　　に仏文にて記載して差し出せとの御沙汰あり。なお、書を差し出せとの仰せにつ
　　　　　　　　き、悪筆の故をもって再三辞退申し上げたるも、重ねて御沙汰あり。恐懼辞退せ
　　　　　　　　しも後に渡邊宮相をもってさらに御沙汰につき、強いて辞し奉るもかえって恐れ
　　　　　　　　多しと考え、再び拝謁して差し出すべき旨御受けせり。陛下はさらに絹本に書せ
　　　　　　　　と仰せあり。

　　　　　　　　　汽車中、またしばしば召されて煙草を賜り。また色々の御物語ありたり。また、
　　　　　　　　余の子のことにつき御尋あり。何にする積りかとの仰せにつき、幼少にして未だ
　　　　　　　　何の見込みも立ておらざる旨申し上げたり。

　　　　　　　　　陛下は岩手より御買上になりたる御料馬２頭のことにつき、大演習環幸後天覧
　　　　　　　　の御内意なり。これ全く汝の力なりと深く御満足の御様子なりき。余は、６、７歳
　　　　　　　　の良馬はいかがあらんかと心配せしに、幸いに良馬これあり。慶賀に堪えず。

　　　　１１日　再び大礼使長官就任を求められる。議会終わり次第内相を辞職したいと申し出たが
　　　　　　　　　承知せずに大礼使長官就任を強く言われた。他の人を推薦したが、駄目だったの
　　　　　　　　　で、しかたなく叙爵辞退を条件に大礼使長官就任を承諾した。

　　　　　　　　　本日は兵士を見ずして音のみ聞けり。よって余「姿は見えぬ音聞の山」と云い
　　　　　　　　たれば、渡邊宮相「うつ筒はいつこなるらん武士の」と名付けて一笑せしが、休
　　　　　　　　息したる宿の主人揮毫を乞うにつき、宮相と余と各々これをしたためて与えた
　　　　　　　　り。

　　　　　　　　　汽車中において陛下は渡邊宮相より御聞き取り相成りたる趣にて（宮相も言上
　　　　　　　　せしことを話せり）、昨日音聞山のおける和歌をしたためて差し出せ、あれを聞
　　　　　　　　きたるうえは猶予なりがたしと御わらいながらの御沙汰につき、余は恐懼に堪え
　　　　　　　　ず。あれは宮相との合作につき、新たに一首を詠んで差し出すべき旨申し上げ
　　　　　　　　たれば、側に居られたる伏見宮殿下は、それならば新たに一首を差し出す方よ
　　　　　　　　ろしからんと御口添えあり。そのことになれり。

　　　　　　　　余の風邪につき御尋ねあり。全快の旨申し上げたり。岩手より御買い上げの御
　　　　　　　　馬、本日頃東京着のことを申し上げたるに、尽力を嘉賞せられ、なお和歌は本
　　　　　　　　年中に差し出すべき旨御沙汰ありたり。

　　　　　　　　過日御馬のことに関し宮相をもって御沙汰ありたる御礼を申し上げたるに、はい
　　　　　　　かはことの外御満足にて、余にその方の尽力によれりとの御詞ありたり。また和
　　　　　　　歌は如何との仰せにつき、本年中には差し出す積りにて考え中なることを奉答せ
　　　　　　　り。

　　　１６日　院内にて各新聞の代表者１０余名、余に面会を求め、去り１２日の騒動に東京
　　　　　　　日日新聞社記者を巡査が斬りたりとて、余に書面をもって謝罪せよと云うにつ
　　　　　　　き、余は、巡査抜剣したことを認めることを得ず、赤十字救護班の診断及び警視
　　　　　　　庁医員の診断にてもその傷は刀傷にあらずといえり。これに加えて、内務大臣は
　　　　　　　余の私有物にあらず、一国の大臣が書面にて謝罪することは出来得べきものも
　　　　　　　のなるや否や、君らも一考せよ。とにかく、即答することあたわずとへんとうせり。
　　　　　　　彼らは、山本等を倒さんがために、余に難題を向けてついに内閣を倒すの政略を
　　　　　　　とるものなり。

　　　１９日　昨日より、自動車をもって警視庁より余を護衛することを廃せり。余の好まざるこ
　　　　　　　となるが、同庁より強いてこれをなしいたるなり。よって、内外の巡査等に手当て
　　　　　　　をなせり。

　　　　　　　　山本首相は、伏見宮殿下にこれまでの経緯と後任に原敬を推薦した。また、辞表を
　　　　　　　　出した時に天皇から跡は誰がよろしいかと訊ねられた山本は、原敬と答えている。

　４月　４日　勳一等に叙せられ旭日実大綬章を賜る。（瑞宝一等に進むべき定期は来月達す
　　　　　　　る由なりしが、退官につき一等進められたるならんと思う）　

　　　　　　　しからば、やむを得ず到底むずかしと思えども順境の時なればとにかくなれども、
　　　　　　今日の逆境にてはまげて承諾一奮発すべし。ただし、余失敗せば他日西園寺公再
　　　　　　び総裁となるか、また、政国合併というがごとき場合別に総裁を要するというがごと
　　　　　　きときは、西園寺に予約せずとも含みおきくれよというがごとき趣旨を繰り返し、や
　　　　　　むを得ずこれを承諾せしにつき、覚書を作ること必要なりと認め、元田執筆し余こ
　　　　　　れに修正を加えて、結局西園寺は党員の再三の懇請は衷心より感謝するも今日の
　　　　　　健康にては復任することあたわず。もっとも党の為には常に同情を与することを怠
　　　　　　らざるべし。後任には原敬氏を総裁に挙げられたし。これ自分が党員に建言すると
　　　　　　ころなりという趣旨の覚書を作り、…。

　　　１７日　自動車運転手福島を高橋（註　秘書高橋光威）をして、解雇せしむ。同人は、警
　　　　　　　察に余の出先を常に密告しいたるにより解雇せしなり。

　　　２０日　仙北町の小学校が先般分校より独立の一校となりしにより、本日記念の運動会
　　　　　　　をなすということにて、余招待せられて午前より児玉を伴い臨席したりるも、折悪し
　　　　　　　く雨天なり。生徒一同に雑記帳を与えたり。また、新停車場（註　仙北町駅）余の
　　　　　　　在職中計画せしに、目下工事中にて本年中には落成すべしという。付近より一覧
　　　　　　　せり。落成の上はこの方面の利益なるべし。

　　　　　　　　今年は、政変のもならず、皇太后陛下の崩御あり。私事としても母上の御病気、
　　　　　　　　ついで逝去ありて甚だ公私とも不祥の年なりき。

　　　　１８日　浅、来る２１日同人父の７回忌にて帰京せしが、昨朝よりまたまた血液便に混じ
　　　　　　　　って出につき、北村の診察を受けて臥床に安静を保つこととなせり。

　５月　５日　余の風邪は、流行感冒なる由にて、２４日夜は４０度以上の熱あり。２５日より漸
　　　　　　　　次下がり、５日ばかり前より平熱となりたるも、なお、時々７度位には上がりやす
　　　　　　　　き傾きありしが、３日前より全く平熱となり今夜入浴も許されたり。この分なれ
　　　　　　　　ば、大概全快と思う。

　　　　　７日　一昨夜、始めて入浴。昨日、髪も切りたれども別に異状なきにより、今夕１１時
　　　　　　　　出発帰省し、母上ご１周年祭に参列することとなせり。

　　　　　　　　去る明治８年６月３０日余分家。別に一戸を立てたる後、原籍は岩手県岩手郡
　　　　　　　　本宮村大字本宮９８番地に置きたるも、盛岡市古河端に先年別邸を新築したる
　　　　　　　　により、今回原籍を本宮村より盛岡市仁王第３地割字仁王小路６番地に転籍す
　　　　　　　　ることとなし、本月１５日付にて盛岡市役所に届出たり。

　　　１６日　都城　　午前６時４０分出発→（軽便鉄道）→大久保→（人力車）→青井嶽１１時過ぎ
　　　　　　　　→（列車）→１２時都城着　姫木城址→官民合同の歓迎会→午餐２時４６分出発→

　　　２２日　佐世保午前８時４８分出発→１１時過ぎ佐世保着　港内一覧→鎮守府（工廠・ドック・
　　　　　　　　船入り場）→午後官民合同の歓迎会→午後５時５０分出発→９時長崎着　上野屋投
　　　　　　　　宿

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