よしあし草
「よしあし
草」は、大阪新報の社長になった原敬が、明治３６年２月から明治３９年までの約２年１１ヶ月にわたって「大阪新報」に掲載した随筆である。刊行されなかっ
ため現存するのは、明治３７年１月の分だけである。
このとき原敬は、衆議院議員で大阪北浜銀行取締役を務めていた。
す
べて、「原敬全集」によっている。
原
敬は、南部藩家老加判の家庭に１５歳まで育ち、その後上京して苦学をし、１７歳からはキリスト教の神父とともに新潟で暮らした。２０歳の時司法省法学校の
寮に入り、２３歳の時放校されて塾に入った。
その後、「郵便報知新聞」の記者となり、東北・北海道を回って新聞に連載をしている。
２６歳の３月、大阪の
「大東日報」の主筆となったが、１１月には外務省に入っている。２８歳から支那（現在の中国）の天津領事を勤め、３０歳からパリの公使館勤務をしている。
&
nbsp;３３歳の時帰国し農商務省勤務となった。３６歳の時、農商務省を退官し無職となっている。無職４ヶ月で陸奥宗光大臣の外務省に迎えられ局長、外
務次官、朝
鮮特命全権公使を勤めた後退官して、「大阪毎日新聞」に迎えられて編集総理（編集長）、社長を歴任している。
上級武士の家庭、苦学生、外国人との
暮らし、官僚の世界、外交官として中国人・フランス人などと付き合い、新聞記者・主筆・編集長・社長・逓信大臣・政友会幹部という立場などの経験をつんで
きている。また、盛岡、東京、大阪、天津、パリで暮らしている。大阪では、「大東日報」時代の６ヶ月と「大阪毎日新聞」時代の３年間過ごしている。
明
治の時代のことであるが、書かれていることには現代でも通じることがある。
原文を読みやすくしてある。した
がって原文とは多少異なっている。省略した言葉や補った言葉があるし、難しい漢語や言い回しは現在の私たちが理解しやすいように修正している。
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目
次
１ 議員買収談 １７（１－１６までは、１２月に掲載されているが不明）
二百や三百の目腐金(めくされがね)でいやしくも議員ともいわれる者が、買収されるのであろうかと、疑う人もあろうが、随分金に困っている議員や、何か弱
点を押えられている議員は、苦しまぎれに、二百でも三百でも買収に応じて、脱会（党）ぐらいはキツとやる。
もっとも、その二百三百の端金（はしたがね）は、どの場合も手附金同様である。「マアマアこれで当分凌いででくれたまえ、必らず後でドウかする」というよ
うな調子でするのだが、大概の仲介人
はそれ切りで後金をやらない。そこで意気地のない議員で買収されたものは、政界の迷子になってしまうが、慾の深い押しの強い議員は、なかなか二百三百では
買
収されない。現金も受取るし、山林なり何なりの利益の約束も取る。その上都合よければ、一躍して仲介人にもなる。
ソンな奴の買収代は相応に高い
が、その代り必ず２、３人の友達を伴れてく来るから、結局高くても安いような割合になるといっている。そうかも知れない。何れにしても、仲介人と大仲
介人は、一番旨い汁を吸ってることは明らかである。
いわゆる大仲介人は誰かというと、よしあし記者といえども
その名前を明らかにする
には忍び
ない。今、直ちに曝露しなくても衆目の見るところ、大概は分っているかとも思う。５ 大臣の別荘行１
大臣の別荘行ほどあやしいものはない。恐れ多いことながら、陛下は政務に御精励して、日曜日にすら御休養あそばされぬことが多いそうだが、内閣諸大臣は気
楽なもので、土曜日の午後から、ヤレ逗子、ヤレ鎌倉、ヤレ腰越、ヤレ鵠沼、ヤレ茅ヶ崎というように、何れも別荘に出かけて往き、日曜一日を過ごして、月曜
の朝東京に帰ってくる。即ち一週間の中に一昼二夜は、別荘生活をやるのである。ソコで別荘内閣の名称も生じているが、サテその別荘に往って何をするものか
知らないが、不思議なことには、その大臣のお出かけの前か後には、必らず新橋、日本橋、乃至芳町辺の美形が、待合の女将とともに、大臣のお出さきに出かけ
て、大臣同様に月曜の朝に帰って来る。現内閣組織以来二年余も、殆んど常例のように大臣と美人が前後して出かけるものだから、新橋ステーションでは、駅員
までもみな知ってる。もっとも美人の方は時々かわる。そのかわる程度で、アノ大臣がポロ買いであるの、アノ大臣が情深いのという蔭言もいってる。同家多事
だ、外交がドウだなどというけれども、この有様を見れば、天下太平である。天下太平誠にお目出たいが、いわゆる「至尊をして独り社稷を憂えしむる」次第で
はないか。議員が喧しければ、金で買収する。外交が六かしいの、六かしくないのといって、そのたびに相場をする。これでも国家を託するに足る大臣であらう
か、と宮内省辺の人らしい者がいってる。（明３７．１．９）
とにかく、雲の上と下とに大
小の仲介人が居ると思ったら、間違いがないだろう。 （明治３７、１．５）
２ 議員買収談 １８
買収もよろしいがどこから資本を出すかが問題である。利益をもたらす約束は、現金ではないから、どうにも工夫が出来るだろうが、現金で支払う場合は、困る
のではないかという人もある。
もっともではあるが、目下政府の機密金は、外務省に２０万円、内閣に５万円、内務省に１０万円、警視庁と北海道とにも少々ずつある。内務省の分は府県の高
等警察とかいうものに大部分は分配してるというから、これは別物として、まず自由になる金は２５万円である。その２５万円も、議員買収にばかり使用する訳
にはいかない。
そう考えて見れば資本に困るはずだが、困らない。せんだっても清韓臨時調査費などといって、
１５万円を準備金から出し、
またその後６万円を、外交事件費として、これも準備金から出してるが、何に使ったか知れたものでない。その上にわれわれ局外者には、不思議でたまらないよ
うな妙なところに、出所不明の金があって、時々それから出してるという評判もある。
とにかく、よしあし記者の
ようなものには判らないが、知ってる人はたしかにその出所も話してる。しかし、人の話を真に受けて、みだりに言い立てることは、よしあし記者の好まないと
ころであるから、買収費の出所を書くことだけは、御免こうむる。
但し、必要な場合には、大仲介人の姓名も、仲介人の姓名も、買収された議員の姓名も、また買収条約の成立した実際の事情も、ことごとく明白に言い立てて、
天下国家のために、こんな腐敗漢を筆誅するかも知れない。そのときは無論に買収費の出所も、キツと書き立てるよ。（明治３７．１．６）
３ 議員買収談 １９
ある人から、議員買収談はなかなかおもしろいが、シカシ二百や三百で買収される議員があるということは、イカにしても信じられないとの投書があったが、ご
もっとも次第で、よしあし記者も決して信じたくたいが、事実だからいたし方がない。
現に一万円で２０人の買収を受け合ったものが近畿にある。一万円２０人とすると、一人前５００円でないか。その５００円中から仲介人
のコンミ
ツションを差引いたら、一人前３００円くらいだらう。現に３００円ではドウだと、相談をかけられて断った議員もある。決して嘘でない。
その２０人買収の話は、その後ドウなったかというに、夢にもそんなことを知らない議員まで呼び集めて集会を催し、その筋には何れも買収が出来たと報告した
らしいが、とにかくあざむかれて一文も取らずに脱会までした人もあるという評判だ。一万円全部取れなくとも、幾分かはキツと着服したに相違あるまい。油断
も隙もあったものでない。今は買収しなければならない議員もないので、買収談も一時は止んでいような訳ではあるが、他日買収のためには、今から手付金のや
り取りだの、警察の手心だの、種々雑多の収賄手段が行われること受け合いである。
皆さん、よく注意していたほ
うがいい。（明治３７．１．７）
４ 議員買収談 ２０
買収された議員は、ドンなことをしてるかというと、それは色々ある。平気の平左衛門で、依然党内にいるものもある。頻りに強硬な政府攻撃論などをやってる
者もある。または何か議論らしいことを世間に吹聴して脱党するのもある。
とにかく今日の被買収議員は、昔の被買収議員とは違って、平日政府攻撃くらいはやってもかまはないが、大事の場合に、政府に賛成すれば、それでよろしいと
申渡してあるから、面の厚いものは、黙って党内にいるが、気の弱いものは、良心が咎めると見え、脱党する。またその筋でも、ヨシ買収條約が成立しても、疑
わしいと思う奴には、色々謎をかけるから、ついにいわゆる赤誠を表するために、脱党して見せるものもある。また脱党さえすればよろしいという、単純な條件
で買収されるものもあるが、とにかく買収の方法も、また買収された後の議員の熊度も、千差万別で、よしあし記者が年中書いていても書き切れない。
然るにこの買収論も既に２０回の長にわたった次第でもあるから、一とまずこの辺で筆を止めようと思うが、終に臨んで読者に二、三申したいのは、外でもな
い。明治２３年に憲法が実施されて以来、既に１４、５年にもなりますが、今に至っても、政治は党派と党派の争にあらずして、藩閥と党派の争である。基礎を
党派に置かない政府は、買収篭絡の外に、その位地を維持する道がないから、あらゆる悪手段を施して、政界を腐敗させる。誠に、嘆ずべき次第である。
よしあし記者不肖なりといえども、多少の清涼剤とするために、この悪まれ口をたたいた訳である。（明治３７．１．８）
５ 大臣の別荘行 １
大臣の別荘行ほどあやしいものはな
い。
恐れ多いことながら、陛下は政務に御精励して、日曜日にすら御休養あそばされぬことが多いそうだが、内閣諸大臣は気楽なもので、土曜日の午後から、ヤレ逗
子、ヤレ鎌倉、ヤレ腰越、ヤレ鵠沼、ヤレ茅ヶ崎というように、何れも別荘に出かけて往き、日曜一日を過ごして、月曜の朝東京に帰ってくる。
即ち一週間の中に一昼二夜は、別荘生活をやるのである。ソコで別荘内閣の名称も生じているが、サテその別荘に往って何をするものか知らないが、不思議なこ
とには、その大臣のお出かけの前か後には、必らず新橋、日本橋、芳町辺の美形が、待合の女将とともに、大臣のお出さきに出かけて、大臣同様に月曜の朝に
帰って来る。
現内閣組織以来二年余も、殆んど常例のように大臣と美人が前後して出かけるものだから、新橋ス
テーションでは、駅員までも
みな知ってる。もっとも美人の方は時々かわる。そのかわる程度で、アノ大臣がポロ買いであるの、アノ大臣が情深いのという蔭言もいってる。同家多事だ、外
交がドウだなどというけれども、この有様を見れば、天下太平である。
天下太平誠にお目出たいが、いわゆる「至
尊をして独り社稷を憂えし
むる」次第ではないか。議員が喧しければ、金で買収する。外交が六かしいの、六かしくないのといって、そのたびに相場をする。これでも国家を託するに足る
大臣であらうか、と宮内省辺の人らしい者がいってる。（明３７．１．９）
６ 大臣
の別荘行 ２
大臣の別荘行はイカにもひどい仕方である
が、その別荘行のたびに、必らずその御別荘に出掛ける美人どもは、固より商売人のことだから、タダでは往かない。
玉祝儀は無論払わなくては往くものはないが、その玉祝儀は誰が払うといへば、大臣閣下は決してお払い下なさらない。必ずそのお払いをする商人がある。嘘だ
と思わば新橋や日本橋、芳町辺りの待合に聞て見たまえ、みんなお払いする人はきまってる。もっとも時々は意外の人が、「誰大臣さんのところに、誰と誰（芸
者の名）をやってくれ」と、電話でいってこられることもある。ハテなこんどは妙な方の御馳走だなと、待合の女将が不審がつて、ソツといわゆる誰と誰と誰
（芸者）に聞いて見ると、
「おかみさんオトボけでないよ、アノ方はネ、先達もこれこれのところで、何御前を御馳走なさってよ、何んだ
か、チョイと別室で御内談もあったことよ」
などというから、
「そうかネ、御前も近頃はなかなか通人におなりな
すったことネ、近々御屋敷の御普請もあるというでないか」
「ナーニお屋敷などは私知りはしないよ、官舎にはチョイチョイ上るけれど
も」
「オヤマアそうかネ、チトお奢りよ」
などと待合の一笑話となることもあるというが、外
交の六かしくなるのも、ならないのも、相場の売買から割り出されてるという評判があるくらいだから、国家と大臣とは全く関係ないらしい。 （明３７．１．
１０）
７ 日本水兵の母
英国のマクレーン嬢といえば、
隠れもない日本びいきの老婦人で、殊に日本水兵を我が子のように愛し、二十余年の長い間尽くしたため「水兵の母」という別名を受け、先頃勲六等に叙し「宝
冠章」を賜わったことは歴史にも特筆すべきほどのことである。
しかし、マクレーン嬢はこのために有らん限りの
私財をなげうったので、今日では殆んど余裕もない有様になった。ココで日頃の好誼に酬いる時と、海軍の下士官諸君が発起して寄附金を募っている。
ナント近頃の美談ではあるまいか。
コンナ話を聞くと、腐敗極まる暗黒世界に一道の光明を認めたようで、たのも
しい心地がする。
敷島の大和心とは、トモすれば刀の柄に手をかけてリキムことをいうのでもあるまい。こういう風に義に勇むのをいうのではなかろうか。われわれは、ドウカ発
起者諸君の素志を貫徹するよう、世人が新年宴会などに力瘤を入れないで、このようなことに一肌ぬいでもらいたい。殊にいよいよ開戦ともなればさいずめ海軍
の力にまつことが多いのであるから、コウいう義挙には一層同情を表わさなければなるまい。特に婦人諸君には是非とも一奮発してもらいたいのである。 （明
３７・１・１１）
８ 三万円の行衛
三万円の行くえなどといえば、例の日本銀行の紛失金かと早合点する人もあろうが、よしあし記者のいおうとするのは、それではない。
先ごろ、「軍備補充のためには、財政上臨機の処分をしてよろしい」という緊急勅令が出たときに、いくら急いでも今後一年もかかる（実際はもっとかるるとも
いう）京釜鉄道（註 朝鮮の釜山―京城現在のソウル）の社債元利保証のことが、この緊急勅令中にあったのは、イカにも不思議である。多分議会が開かれると
面倒だから、鬼の留守の洗濯、今の中にやっておけ、ぐらいの智恵だろうと思つていると、その奥には意外のこともあるもので、三万円の金が、同会社からどっ
かへ飛んでいったという評判がある。
何のために三万円を出したかというと、まあ冥加金の類で、せっかく政府で
お世話をくださるものだから、政府のおためになるところに、出金いたしましょうというような訳と見える。
政府
のおためになるところといえば、どこか知らんが、世間の噂では、「帝国党に一万円、新政党に一万円出して、残りの一万円は、行先不明のところに出して、誰
かの懐を肥しているらしい」ともいう。
国家多事だの、危急存亡だの、挙国一致だのと、色々の騒動をやつてる最
中に、こんなことが行われてるようでは、前途甚だ心配のものではないか。
「この内閣の下では死ねない」と力ん
でいる軍人のあるのも、無理がないように思う。
（明３７．１．１４）
９
二鉄道の競争
「関西線（註 私鉄）と局線（註 国有鉄道）と大競争をやってるのは、イカにも馬鹿らしい。荷主のためにも、旅客のためにも、決して利益とならない。早く
この馬鹿らしい競争を止めるは、公共のためである」というのは、わが論説担当者の主張のようだが、よしあし記者は同社員とはいえ、その論には不服である。
競争には大賛成である。
試
みに考えても見たまえ、運賃は安くなるわ なるわ、実に止めどもなく安くなる。この調子ならば、キツと無賃で乗せるに極まってる。いやしくも無賃とならば
シメたものだ。記者は家族友人は申すに及ばす、裏長屋の神さんでも、仲仕でも都合によれば市中全部の貧乏人を集めて汽車に乗る。湊町から乗って名古屋に往
き、名古屋からまた引返して湊町に帰る。毎日こうやってると、家賃もいらなければ、なんにもいらない。早い話が借家を引き払って汽車に転宅する。今迄の家
主は困るかも知れないが、ナアにかまうものか、これほど経済なことがない。三度の食事、ナアにそれもキツと汽車で食べれる。先日も関西は弁当をくれたでな
いか。家賃はロハなり、食物はロハなり。天下これよりうまいことがないから、よしあし記者は競争の方に賛成するだけでなく、競争も極点に達することを熱望
する。
乱暴な速力をだして、汽車がヒツクリかえり、死んだらどうすると。記者は関西では度々いろいろの目に
あってるから大概なことには
おそれないが、死んでは少々困る。シカシそれも考えものだ。局線は政府だから、どうか知れないが、関西ならば、死んだらキツと遺族に沢山の金をくれる。シ
テ見れば掛金を払わないで、保険をつけてるようなものだ。
このセチ辛い世の中には、死んだ方が益かも知れない
と思うから、競争大明神と記者は拝んでるよアハヽヽヽヽ。（明３７．１．１５）
１０
和戦二様の準備
政府はかなり以前か
ら「和戦二様の準備あり」といって、「和すれば和する方の準備あり、戦えば戦う方の準備あり」といっていた。
仰山な前触れにも拘らず、近頃時局が困難になつたといって、急に騒ぎ出したところを見れば、和の方はドウか知らないが、戦の方の準備は、前触れほどにはな
かつたようにも思うが、それはそれとして、政府はとにかく、国民の方には、真に和戦二様の準備が必要である。
「和
する」となれば、何でもないようではあるが、決してそうでない。この騒ぎのあとには、経済界にも、外国貿易にも、色々の変化を来たして、今日のような訳に
はいかないだろう。まして「戦い」となれば、これは実に非常のことにて、これに対する準備は、尋常一様ではいかない。
例の御用商人連中
は、国家の安危もよそにして、また２７，８年頃の旨味を思い出して喜んでるだろう。大倉さんなどは、今度は商業大学校（日清戦争後今の商業学校が出来た）
でも、設立するつもりでいるかと思うが、一般の実業者はソンな気楽な訳にゆくものでない。おまけに今度戦争となったら、果して何時までかかることか、事に
よると、長引かないとも限らないから、うかうか戦争熱に浮かされないように、頭を冷やして、おのおのその職分に応じて、十分な準備が必要である。
よしあし記者、今日は真面目に忠告する。（明３７．１．１６）
&
nbsp;１1 芸妓の試験 １
近来、世は文明となって、何んでも試験が行われ、学校に入るときは無論のこと、官吏になるにも、会社員になるにも、皆な試験が必要になったことは、世間の
あまねく知る通りであるが、近頃世はますます進んで、芸妓の試験まで行われるようになり、新町堀江の芸子はんたちが大恐慌を起している。
諸君は既に御承知であろう。或は御心配の方もなしとも限らないが。サテ、その試験の定義に何んとあるかといえば、
「芸
妓は歌舞音曲により、人の交際を助くるをもって、その業とするものであるから、芸妓の技芸試験法を定め、これを実施すべし」
と
ある。
モシこれを娼妓に適用し、娼妓は○○試験法を実施するとすれ、ドンなことになるか。よしあし記者は、これを弁明する限りにないが、田舎に往けば、田舎紳士
達がおいおい酒がまわると、「コラ女、貴様なんだ、オイ芸者なら、三味線をひけ」と、真赤になって議論をしてる。この議論はもとより正論であって、異議を
唱えるべきもでないことは、今回実施の芸妓試験法にてらしても明らかである。
田舎芸妓たち
は一議に及ばず、直ちに三味線おっ取り、ヂヤンジャカと、「今晩はと顔を出した始めから、左様ならと帰る終りまで」、一生懸命に三味線をひいてる。アレは
決して笑うべきものでない。真に理想的芸妓である。
これから大阪の芸妓も、ああいう風にな
るか、ドウカ知らないが、とにかく長が生きをすれば、色々のことを見る。（明３７．１．１７）
１２ 芸妓の試験 ２
それから今
回の試験法の中には、言語の改正もある。
「わたい、しなはれ、おまっか、いややし、おしんか、あんた、やわ
し、おくんなはれ」などという詞は、野卑であるから使わぬようにということもあるという。至極ごもっとも次第で、そんな詞はたしかに宜しくない。改正しな
くてはならん。よしあし記者は大賛成である。
これからはいくら洒を飲んでも、いくら懇意になっても三つ指をつ
いて、
「御意あそばせ、おきたのうござります、お流れを頂戴いたしたいものでござります、お酔いあそばされまし
たか、でもマア今少々召上りましてもよろしいかとぞんじ奉ります」
と、やらなくってはならない。
「そ
れで芸者買いに往く奴があるか」と。
「ナアにあっても、なくっても、ソンなことは構わない。礼儀作法を喧しくい
うなら家に居る事。それは家に居るに限る。何處で飲んでも、洒は酒なり。飯は飯なり。女は女なり。芸を見たければ芸者を買うべしだが、その他には芸者に近
づくのは、始めから間違ってる。
ナニ承知しないと。議論なら来い、イツでも相手になる。
東京では芸者は勿論、お茶屋の女中まで、健康診断をやると力んでるではないか。そのくらいの決心がなくては、戦に負ける・・・。
ナニ
僕の議論に従えぼ、芸妓も、仲居も、娼妓も、おさんも、皆な試験する。ナンなら女房も試験済みでなければ貰わない。
とかく天下は試験に限ります。芸妓が恐慌を起そうが、お客が不平をいおうが、かまうものか。これから試験法を励行して、美人をおっ払うサ。
（明３７.１．１８）
１３ 時局はどうなつてる
日露の関係は、切迫に切迫を重ね、政府の決心はますく固く、今度こそは真に強固な決心をしたというようなことも度々聞くが、全体時局はどうなってるのか。
よしあし記者は不肯なりといえども、日本国民の一人である。国家の運命を賭して争わなけけばならない大事件を、一言半句も国民に示さないで、独り勝手なこ
とをやっているのは、果して政府の職分かどうか聞きたい。
ある御用紙は、「世間では時局の成りゆきを示さない
のは、けしからんといってるけれども、自分の新聞（即ち御用紙）を読んでいる人は知ってる筈である」などと弁護しているが、今の世の中に、まじめに御用紙
を読むような奴は、幾人もありはしない。
その少々ばかりの人間は、御用紙を読んで何か知ってるのか知らないが、国民の希望は、政府から直接に時局の成りゆきを聞きたいのであって、御用紙を経由し
て聞きたくはない。のみならずソンな熱を吹いてる御用紙だって、時局の成りゆきと見るべきものは、何も書てないではないか。人を馬鹿にするにも程がある。
謂ゆる国家の存亡にも関する大事件で、今日にも明日にも、干戈相見るような切迫の場合に隠しながら、時局はどうなって、何んのために騒いでるのか、訳が分
らんようなとことが、ドコの国にあるか。政府の先生達も、あんまり相手の顔ばかり見ていないで、国民の顔もチト見るがよろしい。
（明３７．１．１９）
１４ 挙国一致は誰も知つてる
近来御用紙や、政府に密通
している新聞紙は、口を開けば必らず一致をいう。挙国一致は、あたかも彼等の新発明で、彼等でなければ、知らないかのような顔をしてるが、アホらしい。
今の世の中に、挙国一致ぐらいを知らない馬鹿ものがあるものか。御用紙や密通新聞などに教えてもらわなくても、百も承知のことである。今の政府に反対する
ものだって、政府を親の仇とも思うまい。「兄弟牆にせめぐも、外その侮を禦（ふせ）ぐ」くらいの理屈は、皆知ってる。
知ってるから、コウもしたら国のためでないか、アアもしたら国のためでないかと、色々の議論もしているのであって、結局、内に対する政見の異同に過ぎな
い。
外
に対して日本国民四千余万人中誰一人でも二心を抱くもののあると思うのか。日本国民の愛国心に富んでることは、世界中に知らぬものがない。御用紙や密通新
聞は、この点に疑あるのか。廿七八年の役だって、国民一致して時の政府を助けたではないか、あまり物知り顔すると、かえって世間で笑いますよ。
政府が対露同志会などという、ツマらぬ連中を相手にしなかったなら、国民全体は今一層熱誠を表したかも知れない。世の中はとかく猿智慧を出すと失敗するに
きまっている。（明３７．１．２０）
１５ 新政党の失敗
「御用」とか、「お味方」とか名のつくものに、不思議に失敗しないものはない。
先頃、新政党の先生達が、高野
孟矩という台湾の法官だとかいって力んだ人の手引で、仙台に出掛けて見たが、出迎えに来る人もなければ、見舞いに来る人もない。
ソコデ、二三の旧友が見かねて、懇親会でも開いて、慰労しようかと企てて見たが、何分にも賛成者が少なくって行われない。
甚だ気の毒であったというが、当地でも殆んど同様の有様で、イカに説いて見ても、応ずる人もなく、ヤッと旧友会か懇親会か、そんなものを開いて、「来てく
れ」と頼んだら、「それなら無論出掛けましょう」といって、少々顔を立てくれたから、それでヤツとお茶を濁すっもりであった。
しかし、
考えて見ると、コンな工合では、その旧友会なり、懇親会なりを開いて見たところが、繁昌しそうにない、コレは困ったもんだと思案最中に、待てば甘露の快晴
（ひより）とやらで、東京で相撲が始まって、おまけにその初日が、延期となったから、「これ天の賜なり。この機失うべからず」と思い立ち、「イヤ残念なこ
とだ、伯爵は相撲がお好きで、トテも相撲中はお出がない、旧友会も懇親会も、延ばすの外はない、アヽ遺憾千万だ、これくらい遺憾なことはない、遺憾遺憾」
と、遺憾の百万遍を残して、ホウホウの態で遊説員は東京に引上げたという評判がある。
ドウも世の中というもの
は、眼のあるものだ。エライことをいった上に、自由党という名までつけたが、それでも世間は瞞着し切れないと、嘆息してる人がある。（３７．１．２１）
１６
御用紙の正当防衛
法律には、正当防
衛ということがあるが、近頃御用紙がそれに類することをやっている。
曰く、今の内閣ほど好い内閣はない。『こ
れを更迭させねば、外国にも国内にも、威信がない』などとは、何たる言草である。
曰く、この時局切迫の場合内
閣更迭などをいうものでない、この内閣を挙国一致で助けねばならん。
というように頻りに内閣万歳を唱え、内閣万
能を吹聴してるが、その裏面を聞けば、呆れて物がいえない。
この類の御用紙は、毎月何程ときまった御手当を頂
戴している。ソコで鷺も烏といい、鹿も馬といって、御用を勤めているのだ。
高
々一内閣更迭などのことがあって見たまえ、ソレこそ大変だ。国家は内閣とともに存亡するものでないから、内閣が更迭したって、国家は何ともないが、御用紙
の鼻の下が、内閣更迭とともに干上る。ここが即ち正当防衛で、一生懸命内閣更迭に反対せざることを得ない訳だというが、いわれを聞けばありがたい。
なるほど次の内閣が、キツと今の御用紙を御用紙にするとは限らないから、縁の切れ目は金の切れ目、イヤ御用紙というものは、気の毒千万なものである。定め
し腹の中では泣いてることもあらう。
よしあし記者すこぶるお察し申す。（明３７．１．２２）
１７
途方もない誤解
世の中には途方もない誤解をしてる連中も、あればあるものだ。
先頃議会で奉答文に弾劾の意味を押し入れしたのを、大変な不敬でも働いたように思ってる愚人がある。もちろん政府の方では、そんなことを言いふらしたも
のと見え、御用議員などが、御用紙と相和して、不敬らしくいってるが、途方もない誤解である。
よしあし記者は四角張って理窟をいうのは嫌いだけれども、あまり馬鹿らしいから一言するが、憲法には何んと書てあるか。
第
４９條に
「両議院は各々天皇に上奏することを得」
と書てあることを知らないか。
貴族院でも衆議院でも、上奏をするのに何んの差支もない。閣臣の弾劾、無論よろしい。十分な討議をしなかったことは、心あるものの遺憾とするところだ
が、奉答文そのものには、何等の不敬もありはしない。
小学校の生徒でもそのくらいのことは知ってるだらう。
再議しないのが悪いとの説も、また誤解の大なるもので、一旦決議したことは、どこのの国の国会でも、同会期中に再議などを許すものでない。自分等が一緒
になって手をたたいておりながら、他人のことのように、再議をしてくれとて、ベソをかいて泣く奴があるものか。
サテサテ世の中に、こんなつまらない誤解者が多くては、よしあし記者は、世話がやけてたまらない。 （明３７．１．２３）
１８ 鷹揚の態度
時局切迫の説 につれて、大分人気が荒っぽくなってきて、流行り歌まで切るとか、伐つとか、殺伐ならのがはやっている。これも愛国心の一発露でもあら
う。
わが国民の忠君愛国は世界に向つて誇るに足り、敵愾心に富む事は常に頼母しく思う所であるが、さりとてこれも程度もので、あまり敵
愾心の発情に任せて、制する所なくては、思わぬ所に弊害が起りはしないか。
先年アフガンの問題で英露がまさに戦わんとした時、英国の流行り歌に、「戦はしたくないけれども、いよいよ戦となるからは、人は沢
山御船はドツサリ、御金もチヤーンと持っている」という意味のものが流行した。
俗間の流行り歌に過ぎないが、何んとなく鷹揚の態度で自若たる所が見え、二た言目には伐つの切るの殺すのというから見れば、よほど奥床しく見える。
また、この間、東京である外国公使館附の武官や外国新聞の通信員を招待した席での余興には、英の獅子と米のブラザー・ジョナサンが左右にいて、日本をた
すける踊りだか茶番だかヤツたそうである。時節柄趣向といえば趣向であるが、これもあまり露骨で助けてもらうのをあまりに喜ぶ様に見られては、品位にも関
する様な心待がする。今少し鷹揚の態度にして欲しい。（明３７．１．２４）
１９ 東西株主気質
株券を所有する者は事業を信じるか、またはその事業を運営する人を信じて、投資して収入を得ようとするのが普通の株主であるが、わが国の株主は十のうち九まで事業を信じるわけでもなく、人を信じるわけでもなく、株を所有して収入を得ようとするのでもなく、投機の手段として売るために買うという有様である。
しかし、一方から見ればこの有様であればこそ、鉄道といい銀行といい、これまで顕著な進歩をしてきたので、わが国の商工業の発達は全く投機心・投機熱の賜物であるという説もある。これまでの進歩は常軌を逸した結果でもあるであろうから、一概に非難も出来ないが、何時までもこの有様が持続する様では末が案じられる。モー少しは事業そのものを真面目に観察して株を所有する機運を奨励したいと思う。
これについて、東西の株主気質を見るにいい一例がある。
昨年多少の資産あるある欧人が日本に来て、その本国で心易くなった某日本人を訪ねて、
「確実な株券を少し買いたい」
と言い出したので、その日本人は
「運輸交通を営業していて、政府の補給利子がある一大会社の株こそが最も安全確実でいいと思う」
と答えた。
スルト、欧人は首を傾けて、
「それは思いも寄らないことである。政府の補給利子は未来永劫にわたる訳でもないであろう。まだ補給利子という様では独立して利益のあがらない事を意味するので、補給利子の問題が政府や議会の決議次第でドーなるか分らないとすれば、安心して投資する事は出来ない」
といったそうである。
２０ 時局解決の期
「時局は切迫している」と、人が云うから、切迫していると思うが、実は切迫か、不切迫か、誰も知っているものがない。
もちろん、政府の連中は、人民を虫か鳥などのようにでも思ってると見え、何んにも知らしてくれない。
毎日憶測論で日を送ってってるが、ある消息通はコンなことをいってる。
「時局切迫とは嘘だ。実は切迫も何んにもしてはいない。キツト見たまえ、ロシアから回答が来れば、反省を促がし、反省々々で月日を送る。その中には議会が開ける。スルと増税案を出す。増税案が通過して、実際納税が出来て、軍備に差支なくなるまでは、決して開戦などはやらない。ナニそれではロシアの方で、軍備が完成すると、構うものか、コツチでも今から十年たてば、海軍第三期拡張が完成するではないか。十年が長いと、長いには相違ない。十年は一ト昔といってるでも知れたことだが、シカシこのようすでは、十年ぐらいはかかろうよ。国民が疲弊すると、今の政府が国民などを眼中に置てはいまい。ツマルところが、時局解決の期が延びるほど、内閣の壽命が延びる、内閣の壽命さへ延びれば、国民や国家は何うなってもよろしいのだ」と。
イカにも奇激の言のようだが、今日の情況では、よしあし記者も消息通の説に同意せざるを得ない。（明３７．１．２７）
２１ 道路の安全
大阪は東京よりも、道路の修繕がよく行き届いて、我々膝栗毛たちは大いにありがたく感ずる所であるが、水道の普請や道路修繕がある時は、時々往来に大穴や小山が出来ていて、ランプがついていたりいなかったりで危険極まりないことがある。
２、３日前にも平野橋の東側で怪我をした人を目撃した。平野橋は普請で通行止になって橋の側に仮り橋が出来ている。その通行止になっている所に竹矢来で囲ってあるのは至極よろしいが、竹矢来は僅かに橋の四分の三たらずで、あとは丸太が横に上と下に結び付けてあるばかり。
ソコで一昨々夜の様な薄暗い晩に来かかる者は、まず竹矢来に眼を奪われて通行止なる事を予知する。従って竹矢来のない所に丸太があるとは気がつかないので、つまずいて怪我をしたのである。むしろ矢来がなくて丸太ばかりならば、丸太全部に目が留るから怪我なしにすんだのであった。
ランプがあるけれども、ないような暗さであった。一昨日よりは丸太のところに石が沢山立てかけてあるから、目にもとまり易くモハヤ危険もないであろうが、外国のまちには通行止めの所に適当な明りがなかったり、囲いがなかったりして、怪我をしたり、衣服を破損させた場合には、役所から損害を払う所もある位だから、道路の安全には今少し注意を要すると思う。
（明３７．１．２９）
２２ 気長の政府
短気は損気ということもあるから、世の中のことは、気長にかまえている方はよろしいものかも知れないが、今の政府の気長さいったら、お話にならない。
何時でも和戦両様の準備があるの何んのと、数月前に力んで見せた政府が、近頃の体たらくはなんたることだ。今から公債を募るの、戦時税を徴収するのと騒いで、それも内閣だけでするのかと思えば、元老総がかりで助けてもらわなければ、何んにも出来ないとは、随分あきれたものではないか。それでも位地には噛り付きたい、一生懸命に噛り付きたい、齧りつくだけの外に何んの考もなく、時局解決などはイツのことだか。
何れ公債が募集され、租税が徴収され、内閣諸公も段々年を取られて、チツとは老練になられた後に、「戦か和か」と決定されるのであらうかと、よしあし記者はアキレ切っている。
「時局が切拍している、切迫している」というけれども、この様子では真に挙国一致、誠意誠心の幕があくまでには、随分長い日月があると見てよろしかろうから、世人も今に、「梅が咲いたら、梅も見るサ。桜が咲いたら、桜も見るサ。春の日長から夏に入って、昼寝でもしてる」うちには．また好い夢が見られるのかも知れない。（明３７．１．３０）
本篇は、「大阪新報」所載であるが遺憾ながら断章である。明治３６年入社以来３９年の退社に至るまで、原敬は本稿を続けていた。本篇についても前掲論説に摘記したと同様の事が言はれなければならない。本全集（註 「原敬全集）に収録し得たものはわずかに明治３７年一月分に過ぎない。したがって、前年よりの続稿たる「議員買収談」に至っては、第１７、１８，１９，２０の４回を収録し得たにすぎない。（編纂者）
完